荷苞牡丹の物語

「荷苞牡丹」(ヘーバオムタン)漢名:和名:ゲマンソウ、タイツリグサ、学名 Dicentra( Lamprocapnos spectabilis
荷苞牡丹はボタン科の牡丹ではなく、ケシ科の仲間です。荷苞牡丹の名前の由来は、葉が牡丹に似ていることと、枝から垂れ下がる可憐な花が中国の伝統衣装の装飾の一つである「荷苞」(ヘ-バオ)に似ていることからと考えられています。和名は仏殿装飾の華鬘(けまん)に見立てたもののゲマンソウ(華鬘草)といわれますが,別名のタイツリソウ(鯛釣り草)ともよばれます。

 荷苞は縁起のよい模様が刺繍されており、魔除けの小物を入れられるお守りのような飾り物です。中国の昔,現在でも一部の少数民族の女性は、思いを込めた手作りの荷苞を恋人に贈る風習があります。

民謡《绣荷苞》は昔からよく知られているもので、荷苞を通して、女性の思いを伝える歌です:「小小荷苞,双丝双带飘,妹绣荷苞嘛挂在郎腰;小是小亲哥,等是等着我,不等情妹嘛,要等哪一个;荷苞绣给小哥戴,妹绣荷苞有来由……。」

和訳(意訳):小さい荷苞、双糸双紐で掛け(双の意味は,カップル、二人で)、私(妹、女性の意)が作った(刺繍した)荷苞を彼(郎)の腰に掛ける。愛しい人(兄、男性の意味)よ、私を待ってよ,私を待たずに,誰を待つのよ。刺繍した荷苞をあなたにあげるのには理由があるのよ…。 

 荷苞牡丹についての切ない伝説が伝えられています。各地域の伝説は若干異なりますが、大筋が同じです。ある娘の婚約者が徴兵され,遠いところに去りました。愛する人への思いを、早く無事に帰ってくるようにと願いを込めて,娘は月ごとに一個の荷苞を作り、庭にある牡丹の枝に掛けて待ち続けていました。が、一年、二年、三年も戦場からの消息が無かったので、心配して病気になった娘は、憔悴で死にました。数年後、やっと、戦場から帰って来た彼は悲しくて,娘の墓の前で号泣していたところ,お墓から荷苞のようなかわいい花が沢山ぶら下がっている牡丹のような植物は見る見るうちにのびてきました。これが荷苞牡丹でした。